Bartolo Mascarello (バルトロ・マスカレッロ) 訪問

故バルトロ・マスカレッロの奥様、フランチェスカ様と
December 07, 200810:13

心豊かな人ならば誰しも、「音楽」「映画」「演劇」といった芸術作品に触れ、涙を流した経験が、一度や二度はあるだろう。

個人な経験を言うと、僕も1度だけ、ワインを飲んで、思わず涙したことがある。

白々と夜が明ける中、自宅の窓から眺める、初冬の裏山の寂然たる光景。

凛とした朝の澄んだ空気。

そして、Bartolo Mascarello (バルトロ・マスカレッロ)、2000年ヴィンテージのバローロの味わい。

まるで化学反応を起こすかのように、自然と頬を熱いモノが伝わった。

あの驚きの体験は、今でも忘れない。

大いなる反骨

アンジェロ・ガイアの天才的なひらめきから始まった、バリック(小樽)を使ったランゲ地方のワインは、90年代以降エリオ・アルターレを筆頭とするボーイズ系のワインが巨大アメリカ市場を席巻した。

今も、濃厚で、樽の風味の効いた、早飲みできる「バローロ&バルバレスコ」が、マーケットシェアを占めている。

故バルトロ・マスカレッロは、そのようなムーブメントには一切目を向けなかった。

ようやく時代が、追いついたのか、伝統的なスラヴォニアン・オーク(Botti:大樽)を用いて長期熟成させたバローロこそ、「葡萄の味とテロワールをストレートに伝える」バローロ本来の味わいとして、正当に評価すべし、という揺れ戻しが起こりつつある。

だたし、単に古いやり方で作ったワインではない。

健全に育った完璧な葡萄を、伝統的なスタイルで、細心の注意を払い、十分な時間をかけて熟成させたバローロこそ、「本物」であるという考え方である。(こうした動きを、僕は「新古典派バローロ」と呼んでいる)

多くのワイン通が語るように、ネッビオーロという葡萄品種は、エキス分が濃く、複雑性に富んでいるため、味わいの真価を発揮するには「相応の時間」を要する。

伝統的手法で造られたバローロは、最低でも15年~20年程度は寝かせるべきだが、バリックが導入される以前の古酒を飲む度に、この葡萄の持つ途方もない可能性と美しさに魅せられる。

バルトロ・マスカレッロが造るバローロの特徴は他にもある。

80年代以降、ランゲ地方の多くの生産者達が、フランスの高級ワインをまね、「クリュ(単一畑)」の概念を取り入れ、ブランド化を行ってきた。

しかし、バルトロ・マスカレッロでは、異なるエリアの葡萄を混醸させる、ランゲ地区伝統の手法を、頑なに守り続けている。(カンヌビ、サン・ロレンツォ、ルーエ、ロッケの4箇所の畑)

また、エキス分の濃いい葡萄を収穫するための手法として、多くの生産者が取り入れている「キャノピー・マネジメント(葡萄の成熟具合に合わせ、葉・枝、果実等を切除したり健全な状態に保つ方法)」も、外国から入ってくる以前から、故バルトロ・マスカレッロは、その年の天候と葡萄の育成をみながら、当たり前のように行っていた。

苦い訪問

そんな重要な造り手のもとへの訪問だったが、あろう事か、現地スタッフのミスにより、ブッキング・ミスをしてしまった。

直前に「リスケジュールしたことをちゃんと伝えてあるから大丈夫、大丈夫。」と言わていたが、まったく伝わっていない。
バローロ村のチェントロにある憧れのセラーで待っていたのは、怒り心頭と言わんばかりの形相の、故バルトロの奥様 ” Francesca(フランチェスカ)” さんだった。
全く、最悪である。

F:「お前らは昨日来る筈だった…」

とお叱りを賜り、なんともほろ苦い訪問となった。

不本意なこととは言え、大変な失礼をしたことを平にお詫びするとともに、どれ程この訪問を待望していたかを説明させて頂き、漸く謝罪を受け入れて頂いた。(動向した嫁は半べそ状態だった)

今振り返ると、長年バルトロのワインを集めていた事や、近年のヴィンテージを飲んできた感想など、バルトロ・マスカレッロのバローロに対する僕の想いが、つたない言葉でなんとか伝わったのだと思う。

テスティング

誤解も解けた後、念願の美酒を、フランチェスカさんよりグラスに注いで頂いた。

テイスティングした ” Barolo 2003 “ には、2000年ヴィンテージに似たニュアンスがある。

2003年は非常に暑い年で、他の生産者のバローロの中には、未熟なのに「葡萄が日焼けたような臭い」がするものがある。
しかし、バルトロ・マスカレッロのバローロには、そのような不具合は微塵も感じられない。

アセロラや薔薇のドライフラワーの香りがあり、タニックさは限りなく抑えられ、上質のピノ・ノワールを思わせるエレガントな酸味がいつまでも続く。

フルーティーで厚みがあり、今のタイミングで飲んでも、十分楽しめる美味しいワイン。
当然のことながら、決して、ロータリーファーメンターで矯正したワインではない。

恐らく、現在ワインを造っている、バルトロ・マスカレッロの娘さんの代になり、更に進化した、それまでの父親の代とは少し異なるスタイルの味わいである。

我々の悦ぶ様子を見て、フランチェスカさんの怒りも一気に解けてしまったようだった。

No Barrique !

フランチェスカさんは、何度も繰り返し力強い口調で、繰り返し僕らに語った。

「いい、モダン・スタイルと言われる(バリックを強く効かせた)バローロは、土地の個性が感じられないのよ。」
「まるでコカ・コーラのようで、そんなもの本来のバローロではない。」
「兎に角、世間の連中に大樽で造るバローロの素晴らしさを伝えなければ、ダメね」

このワインを飲んだら、奥さんの話を否定しようがない。

” Yes, quite agree… ”

セラーの中へ

すっかり奥さんと意気投合し、和気藹々と冗談を交えながら、セラー内部を案内して頂く。

バルトロ・マスカレッロのボトルラック

小さな扉を潜り地下へと降りると、巨大なボトル・ラックがあり、バルトロ・マスカレッロが遺したワインや、他の造り手達のワインが沢山保管されている。

誇りのかぶった古いボトル

奥へ進むと、古いボトルの山が埃を被っていた。

貴重なバック・ヴィンテージのバローロ

セラーの入口を抜けると、壁をくりぬいた棚の中に、バルトロ・マスカレッロが生前造った、偉大なバック・ヴィンテージのバローロが、収められている。

バルトロ・マスカレッロ、黄金のバックビンテージ

それにして、1964年ヴィンテージが、これだけあるとは…。
もはや、「国宝」といっても過言ではない。
偉大な90年も、眠っている。

大成功したbarolo1990

年季の入った大樽

こちらは Garbellotto(ガンベロット)社製の小さな大樽(?)。

バルトロ・マスカレッロの小さなボッテ
すでに25年~30年は使用しているとのこと。
狭い地下のスペースにコンパクトに収納されている。

大切な1958年のボトル。

バルトロ・マスカレッロのバック・ヴィンテージ
若き日のバルトロ本人が直筆で描いた、バラのイラストが付いている。
この年は、フランチェスカさんとバルトロが結婚した年。
バルトロ・マスカレッロが、愛妻にささげた、バローロだ。

因みに、1967年はバルトロの子供が生まれた年の記念として多く手元に残したらしい。
(もちろん、言わずと知れたバローロのビッグ・ヴィンテージ。)

偉大なバローロを生む醸造の現場

セラー奥のボッテ(大樽)の山
さらに廊下の奥へとすすむと、大樽(ボッティ)が、狭いスペースに収められている。

現在ワインを熟成させているのBotti(大樽)。
35年経過した古い大樽
バルトロ・マスカレッロの使うガンベロッロ社製の大樽
35年以上使っっていて、未だに現役。
黒みがかった樽の表面からはワインが染み出ている跡があり、貫禄すら感じさせる。

バルトロ独特の柔らかなアタックを演出する、コンクリートタンク。
一次発酵槽のコンクリートタンク

バローロは、30日間のスキンコンタクトを行い、僅か1日だけバリック(小樽)で寝かせた後に、このコンクリートタンクに移し替える。

色の濃いワインを造るために40日以上もスキンコンタクトを行う生産者もいる中、近代的な設備を使わずに、短期間でワインの色が十分なエキス分を抽出できるのも、収穫された葡萄のポテンシャルが高い証でもある。

Tini(ティーニ)と呼ばれる足踏みの用木製タンク。
ティーニと呼ばれる古い発酵用の樽
嘗ては実際に足で葡萄をつぶしていたそうだが、現在は使用していない。
実はこれもヴェネト州のGarbellotto(ガンベロット)社製。

バルトロ・マスカレッロのアートラベル

バルトロ・マスカレッロのアートラベル
バルトロ・マスカレッロのアートラベルその2
バルトロ・マスカレッロの手書きのイラストをプリントしたスペシャル・エチケット

中身は普通のエチケットのものと全くかわらない。

数箱の内に1本程度の割合で入っている、とされているが、殆ど酒屋や業者の間で消えて無くなるので、一般消費者の手に渡るのは、きわめて稀である。

もともとは、業者や普段沢山買って頂いている方への感謝をこめた「特典的」なものなのだが、かつての「ビックリマンチョコ」現象のように、おまけ欲しさに、肝心のワインが粗雑に扱われないことを、祈るばかり。

別れ際、記念に若干傷がはいった、アートラベルのバローロを1本だけ分けて頂いた。

故バルトロの息吹を感じられ、バルトロのワインと一体感を感じられる大変貴重な訪問となった。


コメントは受け付けていません。

このページの先頭へ